日本の精進料理 ベジタリアン考(4)

ただいま日本にいるはずの予定・・・ってことで、予約投稿です。
祖母の3周忌で秋田の実家に帰国しています。
――――― ってとこまで書いてたのに、もう日本に行ってタイに戻って来てしまいました~
あっという間過ぎ…
12月はやっぱり忙しそうですねぇ、手抜きなようですみませんが、前に書いていた会社の月報に掲載した記事をお送りします。
写真は、何年か前にバンコクのチバソムアカデミー行なわれた精進料理教室に参加した時のものです。
本文とは関係ありませんが、タイの材料でも立派な精進料理はできるということでご紹介。(ただし、この時は吉野葛を使いましたので、そこだけちょっと無理ですね。)



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日本のベジタリアンといえば、精進料理ですね。
精進料理は、オリエンタル・ベジタリアンと呼ばれ、中国や台湾にもありますが、日本は、日本らしさがありますので「日本の」と言う必要があると思うのです。

もともとの日本人は、農耕が始まるまでは肉も食べる雑食でした。
ただ、神道などの影響で、動物質を避けて心身を浄化する「潔斎(けっさい)」という習慣が一部の階級にありました。
それもあってか、仏教が伝来した時には、中国の精進料理の思想がすんなり受け入れられたようです。
675年には、天武天皇が肉食禁止令を出し、仏教が広まるにつれ、一般民衆の間にも精進料理が浸透し、ゆるやかに守られておりました。
それは、明治天皇が明治5年に肉食禁止令を解禁する約1200年もの間続きました。

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「高野山の精進料理」という本では、「精進料理とは、肉類を一切使用しない料理、厳密には『ネギ、ラッキョウ、ニラ、ニンニク、ショウガ』といった5種類の辛味や臭みのある野菜を使わない料理である」と説明しています。
ただ、肉食することを「なまぐさ」や「非精進」と多くの人が認識しているようですが、本来の仏教の「精進」は、単に肉食しないこと、においの強い食物を食さないというだけの意味ではなく、「精魂こめて励み努力して進むこと」であるとしています。

本来、僧侶は、午前中に托鉢をして得た食物を正午前にそのまま(調理しなおしたりせずに)食さなければならないという戒律があります。
食事は楽しみとして摂るのではなく、「身体を養い命を保つ良薬であり、肉体の疲労苦境を癒すためにいただくもの」であり、「食事を楽しみとして摂り、味のよしあしを評し、まずい味のモノを避け、よい味、好きな味だけを求めたりするのは、むさぼり以外の何物でもない」と、ちょっとドキリとするキビシーことを説かれております。
とはいえ、単なる栄養源として摂るのではなく、「食事を頂戴できる有り難さ」を念頭にいただき、決して食事を軽んじてもいけないそうです。
高野山では、一般の方々へのおもてなしと同じ御膳を戒律どおり、朝と昼前の2回、弘法大師様にお供えしてます。
食材は、全国から届くお供え物が使われます。
食べる方は、おいしい、まずいと言ってはいけないのでしょうが、作る方は、感謝の気持ちで心をこめて作りますから、舌にも目にも腹にもおいしいお料理ができあがっているものと思います。

高野山の精進料理―一二〇〇年の歴史が紡ぎ出す滋味を家庭で味わう高野山の精進料理―一二〇〇年の歴史が紡ぎ出す滋味を家庭で味わう
(2005/06)
高野山真言宗総本山金剛峯寺

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高野山より後になりますが、760年の歴史ある曹洞宗の道元禅師によって日本の精進料理が確立されたとも言われています。
「永平寺の精進料理」という本がありますが、この本では、精進料理と肉食、五葷の関係については特に触れていません。当然のことという前提なのでしょうか。

現在の精進料理のイメージ ――― お寺でいただく手のこんだ料理、食べる方も背筋が伸び、心身が浄化され、かつ心あたたまるような食事 ―――は、道元禅師によるものと思います。
道元禅師が中国での御修行を終えて帰国した頃は、精進料理とういと「粗末」と意味するほどで、食が軽視されていたことを嘆かれ、調理と食事作法を仏道の修行の域に高めようと「典座教訓(てんざきょうくん)」「赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)」などを著述されたそうです。
仏教は、「よりよく生きるための教え」であり、毎日の食事をきちんと作り、感謝していただくことこそがその第一歩、「法食一等」という「仏道修行と食とは同じくらい大切なものであり、食事がおろそかになれば、正しい仏法はありえない」という考えがあります。
大根の皮を剥くことも、ご飯を炊くことも、皿を洗うこともすべてが自己の尊い修行なのだそうです。
ですから、精進料理は、食べるだけではなく、作るものでもあるのです。

永平寺の精進料理 七六〇年受け継がれた健康の智慧を家庭でいただく永平寺の精進料理 七六〇年受け継がれた健康の智慧を家庭でいただく
(2003/10)
高梨 尚之

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どちらも、まごころをこめて食事を作り、感謝の念を持っていただくことは、自然に作法も正しく美しいものになり、それこそが仏教の真理の実践であり、心身を健康にし、素晴らしい人間を形成すると説いています。
裏を返せば、現代の食や作法の乱れは、感謝の念が足りないせいということです。
精進料理のもっとも大事な点は、肉だ野菜だということではなく、ここにあるのではないかと思います。
そういえば、この頃、食事の前に手をあわせて「いただきます」という行為を忘れておりました(乾杯はするんですが)。
これは、日本独特の美しい習慣です。
今度の食からしっかり手をあわせて食を見直してみようかと思います。

20111206精進料理3   20111206精進料理6

ちなみに永平寺も高野山も一般の方が参拝の他に座禅をしたり精進料理をいただくことのできる日帰りから数泊までのプログラムがあります。
たまの休暇をお寺で過ごしてみるのはいかがですか?


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